無駄な公共事業
渓流破壊現場からのリポート
能登半島に生息していた陸封型ヤマメの探索に出かけた。
佐渡島に生息する個体群との、遺伝子解析による類似性,あるいは差異を検証するためだ。
このリポートは、本来の目的をはなれ調査の過程で直面した,渓流破壊の現実である。
昭和48年から50年にかけて、能登半島に生息していたランドロック型ヤマメの調査資料がある。
現地へ入る前に、山中温泉近くにある石川県内水面水産センターで貰ったコピーである。
志賀,富来、門前の渓流を回りながら、3日目輪島市管内のある渓流の入り口で遭遇した、
地元農民の話は生々しく、衝撃的だった。
会話の発端はこんな質問から始まった。
「この川には昔からヤマメはすんでいましたか?」
「いたとも。子供の頃はよく捕ったもんだ。この川は上流へ行くと二つに分かれ,川幅は一メートルもないが、
両方ともいたな。よく山椒の葉をつぶして,泥と混ぜ淵に投げ込むと尺はあるヤマメが浮いてきて、
仲間と食ったもんだ。それがどうだ、今から40年ほど前、お上のいうことを聞いて雑木林をみんな切り払い、
スギを植えていった。それから雨が降ると、川は暴れ泥水がたびたび押し寄せた。
あれでヤマメは姿を消してしまったんだべナ」
ぼくと同年代に見える老農夫は、饒舌だった。次の質問を始める前に続けた。
「そんで砂防ダムを二つも作って川を殺してしまった。いま叉すぐそこに砂防作って,
今度はその下一帯を公園にすると言っている。馬鹿じゃないのあいつらは。こんなところに公園を作って、
どうするつもりかね。こんなところまで人はこね。無駄なこった。」
その無駄に気づいた地元住民の中に、断固土地の提供を拒否した人たちがいた。
「工事は中断したままだ。あそこに見えている石は、どこかから海上を輸送してきたもんだ。
川を掘り起こして出てきた石は、どこかの造園業者に売り払い、わざわざ高い輸送費を使って、
外部から持ってくる。業者は二重の利益を上げる。役人は見ぬ振りをする。税金の無駄遣いだな!」
地域住民の意見など聞かず、業者救済という大義名分を盾に、
不必要な砂防堰堤を無制限に作りつづける行政。ここでも見切り発車の付けが回っているように見えた。
「昨日能登空港が開港したべ,あんなどうしょうも無い土地でヘーべ4,000円も払っておきながら、
ここじゃ、500円だ。俺も地権者の一人だが、売る気はねえ。お前さんも分かるだろうが,
このあたりの公共事業は、すべて談合で行われている。ここにくる役人を問い詰めると、否定はしないからな。
業者も食っていかなけりゃならん、そういって逃げるよ。ハハハァ。」
老農夫の熱弁に・・・ 中断した河川敷公園工事
能登空港といえば、昨夜輪島の民宿で見た北国新聞の記事に、新田義貞の子孫で、
130年前に北海道に渡った開拓農民の子供(83歳)が,生まれ故郷をはじめて尋ねるために
能登空港に降り立つ、というのがあった。新田義貞の家族が,能登へ亡命していたという歴史に
興味が湧いた。能登を訪ねる北海道は江別市の新田老人は、その後どんな歓迎を受けたのか,定かではない。
農夫の話は延々と続いた。公園計画が中断すると、今度はこのあたりの川幅を広げる工事に着手すると、
言っているらしい。上流の川幅を広げて、かりに大水が出たら、
狭い下流の地域はかえって災害が大きくなるのじゃないかい?地域の安全を本気で考えるなら,
下の方から着手するのが筋だ。役人と業者はつるんでいる。金儲けのことばかり考えていやがる。
税金を無駄遣いされた国民は,もっと怒るべきだ。
農民のことばは、だんだんエスカレートし、とどまることを知らなかった。優に1時間は公共事業談義に
付き合わされたようだった。
この写真では分からないが,川底からは大きな石は取り去られ,平坦な流れには魚の休み場も無い。
まして産卵の場所などどこを見ても無いのだ。上流を目指して上ってくる魚を、
じっとたたずむダイサギやアオサギが捕食する。そんな場所を作っているのだ。
話の微妙なタイミングを見計らって、ようやくぼくの番がきた。
「ところで、最初の話に戻りますが,昔のヤマメは、今でも残っているでしょうか?」
老人は10秒ほど考え込んでから,言った。10秒の空白は、わざわざ新潟からきたぼくたちを、
がっかりさせない配慮がこめられたものだったのか?
「少しなら残っているかもしれない。行ってみるといい。」
林道はどこまで続き,川はどこで分かれ、源流部の状況を詳しく説明してくれたのである。
能登半島はスギの造林が広範囲にわたっている。最初の陸封ヤマメに遭遇したのも杉林の中。
遺伝子調査のためのヒレ(5mm)切り取りは急遽取りやめたのである。1時間釣り上ってやっと
2尾に巡り会った。切り取ったひれは3ヶ月で回復するとはいえ、傷をつけるのはかわいそうだ。
個体群の比較調査には最低50〜80尾を必要とする。2尾では意味が無いのだ。
これからもずーっと,生きつづけてほしい。そう祈りながらそっと小さな流れへ戻してきた。
心なしか輝いて見える。
能登半島某渓流の陸封ヤマメ